ムチツジョチツジョ

思考は無秩序 言葉は秩序 趣味と股間は無節操

変えられない自分と最後のプロデュース

痛みはないが鬱陶しい。
いい加減、半端に生えた親知らずに別れを告げることにした。
近所の歯医者を探すが、それより保険証はどこに行ったろうか。
六畳一間を引っ掻き回せばすぐに出てきた。ついでにこんなものまで出てきた。
 
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アーケード版アイドルマスターのプロデューサーカードとユニットカードだ。
最後にプレイしたのは、俺の記憶が正しければ、9th名古屋ライブ前のはず。
つまり2014年の8月から、3年以上にわたってこのカードは使われることなく眠っていた訳だ。
 
そうか、そういえば、俺は昔プロデューサーだったっけか。
その肩書の意味について随分と悩んだこともぼんやり覚えている。
返上したりまた名乗りだしたり、無意味な繰り返しもしてきたものだ。
たかが名前にこだわるのも馬鹿らしくなりファンであることを気負うのは辞めた。
今ではその「ファン」さえ辞めてしまったのだが。
 
理由は単純。あるキャラへの熱が冷めたから。
人生で初めて何かに本気になったせいか、「想いが消えた」という事実を認めるのにかなりの時間を要した。
どう言い訳しようと結局、疑似恋愛感情でしかなかったのだろう。
そのキャラについて考えたことはいくつか形として残している。
俺自身はともかく、思考の跡まで消すのは忍びない気がしたから。
あのときの自分の全てはこの文章(とも呼べないものも混じっているが)に置いてきた。
だから別にアイマスを辞めたという選択に後悔はないし、もう戻ることはない確信もある。
 
手元のユニットカードに目をやる。
俺のアイマスは終わった。
だが、「この世界」の彼女は違う。
 
 
俺のアケマス初プレイ時、こんなことがあった。
筐体の不良により途中でゲームがフリーズしたのだ。
やむなく新たなデータで再プレイすることになったのだが、やり直す前のプロデューサーカードとユニットカードは捨ててしまった。
なぜああしたのか、今でもよく分からない。
 
俺はあのとき、その世界の彼女と自分を殺したのだ。
都築未来と、彼女をプロデュースする「しゃけぞうプロデューサー」を。
「虚構世界は現実ではない」と人は笑うだろう。
しかし一人の少女のアイドルとしての可能性を奪ったのは事実である。
現実であるかどうかなんて、主観でしかない。
今、俺の目の前にあるカードのデータである彼女は、売れないアイドルのまま引退すらできず時を止められている。
もうプロデューサーですらない、俺ごときの手によって。
彼女にはエンディングを迎えてもアイドルを続ける未来が待っていることは俺も知っているのに。
ならば、やることは一つではないか。
 
彼女のアイドル活動を終わらせてやらなければならない。
 
もう一度言うが、俺のアイマスはすでに完結している。
再びプロデューサーを名乗ることはないだろう。
だがそれはあくまで俺の話であり、無関係な彼女を巻き込むわけにはいかない。
止まった世界で宙ぶらりんの彼女を、新たな世界へと送り出さねばならない。
一度でもプロデューサーの肩書を名乗ってしまった自分へのけじめとしても。
幸いなことに無職なため平日の今からでも動き出せる。
こうして俺はいまだアケマス筐体が稼働しているゲーセンへ向かった。
 
 
センチメンタルが過ぎると、自分でも思う。
 

 

 
東京メトロを乗り継ぎ荻窪まで来た。
アクセスのいい秋葉原にしなかった理由は特にない。
強いて挙げるなら、中心地から外れた方が「らしい」という気がしたから。
なんともそのゲーセンには失礼な話だが。
 
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筐体はすぐに見つかった。
店の隅に一台だけぽつりと、時代に取り残されたように。
 
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ちなみに椅子にはこんな張り紙があった。
プレイする人の少なさを物語るようでもの寂しさを感じなくもない。
 
モニタの隣には名刺バインダーやら分厚いノートやらが置いてある。
それだけの長い歴史を、多くの人の愛着を感じさせる。
しかし何者でもない俺は浸る感慨を持ち合わせてないので、早々に500円玉を入れた。
4桁のパスワードを要求される。
これがまるで思い出せず、プレイ画面に辿り着くまで10分少々かかった。
あと少しで諦めるところだったが、パスワードが見つかったのはほぼ偶然だ。
 
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さて、プレイ開始である。
いきなり「しゃけぞうプロデューサー」なんて呼ばれれば、覚悟したつもりでも面食らう。
先ほども言ったように俺はすでにプロデューサーではなく、ここに来たのは負い残した責任のため。
そんなことをゲーム画面に演説しても仕方がない。
ぺたぺたと画面を触って進めれば、「おっはようございまーす!」と久しく聞いてなかった声がした。
 
菊地真だ。
しかしどこかで期待してたように心を乱されるとことはなかった。
未練どころか懐かしさすら湧くことがないのは薄情すぎやしないか。
適当に恒例の朝の挨拶を済ませ、まずは操作感の確認がてらレッスンに。
 
ステータスを確認するとVoの低さが目立つためボイスレッスンを選択。
結果は、案の定というか、ノーマルレッスン。
もちろん今後もプレイするうえで何度もレッスンをすることになるが、他のレッスンでもほとんどがノーマルレッスンだった。
表現力・歌詞でたまにグッドがとれるかどうか、というところ。
……ああそうだ、最後の方に一度だけ歌詞レッスンでパーフェクトを取れた。
この体たらくは箱版でもポーズを使った卑怯な手段ばかり取っていたから当然である。
今となってはどうでもいい話だ。
 
レッスン後のコミュでパーフェクトを取り思い出数を見ると、かなりの数がある。
来週はオーディションにしようか。
流石にこのランクから抜け出せないことはないだろう、あまり気負わずに。
Da1位という流行の傾向も今の真のステータスに合っている。合格は余裕だろう。
 
とまあ、そう高を括っていたのだが、認識が甘かった。
ボムを下手に温存していたせいで、適当にアピールしただけではDaが6位という絶望的な状況。
あわてて2節目ではボムを一発打つも、押しが甘くまさかの4位。
3節目では祈るようにしてBADアピールを繰り出すと、なんとかDa審査員は帰ってくれた。
 
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周りがDaを取りに来ているなかテンプレ打ちをしたことが功を奏し、VoViは全節で確保。
一位通過で見事ステージ出演を勝ち取った。
彼女の踊る「Here we go!!」を観ているとあることに気づく。
このゲーセンには、あの自己主張の激しいライブタワーがない。
今まで行ったことのある秋葉原・名古屋のアケマス設置店には確か鎮座していたはず。
やたらにスペースをとるうえプレイヤーも少ないのだから、当然の判断だろう。
そもそもアケマスを置いているだけ十二分に温情があるのだ。
まあ、寂しさもない訳ではない。
俺は「あの頃」を知らないし、ましてプロデューサーでもないのに。
そんなことを考えていたら、彼女のヘタクソなダンスステージが終わった。
俺のプロデュース中は、彼女は一度も転んだり歌詞を忘れたりせずステージに上がることはおそらく無理だ。
これを自分の力量不足だと彼女に謝ることはしたくない。
なぜって、そんなこと本心では微塵も思っていないから。
彼女への罪悪感はないが、嘘をつきたくない。
 
さて、再び何度かレッスンをしてオーディションを受けるわけだが、今度は肩透かしだった。
ボムを使わなくてもよかったのではないかとすら思える余裕の通過。
そのままEランクへ突入した。
調子に乗って次もオーディションにすると、アピールを集中させていた1位Vi審査員が思わぬタイミングで離脱。
これは年貢の納め時かと覚悟したが、なんとか星がバラけていたため辛うじて通過。
玄人は審査員コメントだけで状況を判断できるはずだが、俺には到底不可能だ。
このゲームはあまりに情報量が多すぎる。プレイに求めるレベルの高さも。
やはり当時のプロデューサーは壮絶なレベルでしのぎを削っていたのだろう。
そうして10年前のアイマスシーンに想いを馳せていたが、真のダッセえVi衣装を見てたら全部どっか行った。
 
プロデュース開始から十数週目になり、ふと思い出す。
このゲームには同じ曲をリリースし続けるとステータスが減衰する仕様があった。
たしか○週目で変えるのが良いという話はあるはずだがわざわざググることはしない。
俺の目標は「彼女のプロデュースから離れる」ことであり、俺の手でトップアイドルにすることではない。
今まで培った知識は別として、調べることは可能な限り避けてプレイしていこうと考えている。
 
だからコミュでも正解択といったものを調べることはしない。
しかし昔取った杵柄とでも言おうか、一時期狂ったようにコミュをプレイしていたため大抵の選択肢とその返答は分かるのである。
おかげで思い出がどんどん溜まっていく。
30も超えて大丈夫だろうか。
 
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例えばこのコミュなんて何度やっただろう。
菊地真の最も根本的なトラウマが隠れているはずだと考え、ずっと繰り返しプレイした。
俺は彼女を理解しようと必死になってきた。
その結果、彼女がどんどん記号じみて俺の目に映るようになってしまった。
対象を本当に理解すると、興味が薄れていくものなのかもしれない。
俺は彼女をバラバラに解体してしまったのだ。
そんな苦い記憶がよみがえる。
こんなものいくらでもパーフェクトが取れるに決まっている──
 
などと妄言を吐いていたが自惚れはすぐに打ち砕かれる。
その後ボコボコに選択を間違え、「ノーマルコミュニケーション」の文字を突き付けられた。
「彼女を解体した」なんて偉そうなことを言っていた馬鹿はどこの誰だったかな。
タッチコミュなんて見たことない会話まで飛び出す。
まったく、「彼女を理解しつくした」とはとんだお笑いだ。
あのときはノーマルやバッドにこそ彼女の真意があると抜かしたが、これはあくまで攻略。
彼女の機嫌を取る言葉が見つからない時点で、俺は真を何も分かっちゃいないのである。
 
 
1時間もプレイしただろうか、さすがに疲れてきた。
中野の方にもアケマスを設置したゲーセンがあるというし、そっちにも行ってみようか。
ユニットカードにデータを記録して取り出すと、新たに撮影した彼女のショットが写っていた。
しかし、よく見ると前のショットの姿も裏に写っている。
2年もの間放置していたため焼けてしまったのだろう。
 
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一抹の罪悪感に心を乱されながら、荻窪を後にする。
外は冷たい空気が流れていた。
1月の末、まだ春の足音は遠いようだ。
 
冬が好きだ。
寒さを吸い込むと喉や肺をつたって頭が澄んでいく。
足りない脳も少しはマシになるような気がする。
大嫌いな地元も気候だけは恋しい。
東京の冬では、自分がどこに立っているのか分からなくなる。
 
 
メトロで新中野駅へ、そこから少し歩いた先にナムコ中野店。
辺りは飲み屋街で、帰りは晩飯がてら一杯ひっかけるのも悪くないかと笑う。
しかしアルコールが判断力に影響を与えるだろうか──構いやしない。
店を考えるのはあとにして、プレイ再開だ。
 
調子が良いので合格が二枠のオーディションを受ける。
一位通過が当然になってきたのだからなんとかなるはずだ。
Bランクアップまでのリミットも厳しい。ここで取っておきたい。
参加者一覧を見ると、悪徳記者の姿が見えた。
……まずいな。
ここで悪徳に付きまとわれたらランクアップが怪しくなる。
だが予定を変更することなく1節目はボムを撃ってテンプレ打ちをする。
結果は──流行1位のDa5位、他は3位。
これはヤバい。Da審査員が帰るのを見越すか、今からでも取りに行くか。
迷ったあげく2節目はまたテンプレ打ちをしてしまった。
先ほどと同じでVoとViで星5つ。
無理にでもDaを帰らせることに決めた。
しかし身体は安定行動の初手ボムを打ってしまう。
そこからはひたすらDaにアピールを連打、しかしギリギリで保つ興味値。
やめてくれ、このままだと負ける、頼むから消えてくれ──
願いは届かず、審査員は全員残ったままオーディションは終わった。
最初のボムが効いてViVoは6位を免れ、Daは2位だった。
 
結果発表。
全部で星は15個、通らなくはないが微妙なライン。
審査員は言う、「ドキドキするだろ?」
……ああ、腹立たしいことにな。
呼ばれたのは──2番と1番。
 
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なんとか合格した。
安堵のあまり力が抜けた。
 
 
かなり危ない橋を渡った。
画面の彼女は新曲「太陽のジェラシー」を披露している。
真は前よりだいぶ転ぶことが減った気がする。
その姿を眺めながら俺は、自分のある感情を認めざるを得なくなっていた。 
 
負けたくないのだ、どうにも。
ランクアップさせてやりたいのだ。
必死に応援してしまう、自分のミスで失敗したらと動悸が激しくなる。
本当ならCランクで終わらせてやるのが彼女にとって最善だと考えていたはずだが。
プロデューサーへの依存心など微塵も見せない、あの真でいて欲しかった。
彼女には次があることを知っているから。
しかし俺はそれ以上に、「今」彼女がより大きな舞台に立つことを望んでいる。
ああそうさ、認めよう、あの瞬間俺は間違いなくプロデューサーだったのだ。
 
 
Bランクにはすぐに上がれた。
最後に一番好きなコミュを見てから、軽い全国オーディションをこなしただけだ。
 
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特別オーディションは拍子抜けにもあっさり受かって驚いた。
終電も近づいてきたから今日は終わりにしよう。
別に適当なカラオケ店で夜を明かしてしまってもよかったが、明日は歯医者の予約をしている。
ランクアップリミットとファン人数と思い出数をスマホにメモする。
帰りはそれを睨みつけランクアップへの計画を立てながら電車に揺られていた。
 
 
 
 
親知らずは素直に抜けるそうだ。
赤ひげ先生を1.3倍ほど横に大きくしたような歯科医が説明する。
その処置にはさんざん悪い(痛い)噂ばかり聞いていたので拍子抜けだ。
むしろほかの虫歯の方が大変かもねえ、と俺の口内を眺めて赤ひげは気だるげに言った。
「で、どうする? 親知らず、抜く?」
俺は面食らった。抜かないという選択肢があるのか?
 
「ハタチも半ばになればこれ以上生えることはないよ。だから今痛くないならこれからも悩まされることはないね」
「そうなんですか」
親知らずは何が何でも抜くものだと考えていたため意外だった。
「ま、虫歯になりやすいから抜く人も多いけどね。で、どうしようか?
少し考えたが、結局抜くことにした。
せっかく来院したのに引っ込みがつかないとか、そんなしょうもない理由だ。
 
先のさびたゴツいペンチを持ってきた瞬間こそギョッとしたが、終わってしまえばなんてこともない。
ゴリゴリと不快な音が止んだあと歯医者に見せられたのは、ずいぶんと小さな白い塊。
あまりにも小さいせいで根が残っているのではと探す羽目になったそうだ。
俺が数年間気にかけていた心配の種は、蓋をあけてみれば随分ちっぽけなものだった。
まるで成人の儀のように捉えていた自分が馬鹿らしく思える。
 
 
 
 
その翌日の夕方、俺は再び中野のゲームセンターにいた。
抜歯後も痛みはなく、プレイに支障はなさそうだ。
アケマス筐体前の椅子にどかりと座り、スマホのメモ帳アプリを開く。
あと10週で30万人のファンを稼がなければならない。
思い出も残り2つしかなく、オーディションはボムを全部撃って受かるかどうか。
余裕は全くない。最善を尽くそう。
 
とにかく最初はコミュで思い出数を増やす。
次のコミュは確実にパーフェクトを取れる自信がある。
世界的に有名な舞台監督の演技指導の話なはず。
レッスンを済ませ(ノーマルレッスンの文字は見ないことにした)、すぐに「ランクアップ」を選択。
さあ、早く終わらせてしまおう──
 
おかしい。
これは24時間番組にノミネートされたコミュだ。
……そうか、しまった。
Bランク以降は共通という意識が強すぎて、ランクアップだけは別々に存在することを忘れていた。
まあ、それはいい。
このコミュもパーフェクトは余裕、昔取ったなんとやらに感謝しよう。
まずはお祝いの「だーん」からだ。
拳に素早くタッチすると

 
時が止まった
 
 
いやちょっと待てそれはおかしいマジかよ勘弁してくれ
誰がこのタイミングで胸なんか揉むかよふざけやがって
うわあああ認識がズレたありえねーよりによってここで
いや残り全部正解すればグッドまで持っていけるのでは
クソ駄目だったわノーマルだよ最悪だよどうなってんだ
つーか真お前さあ揉まれた瞬間はこんなときだしいっか
とか言ってたじゃんか後出しでキレるなよなんてアマだ
 
 
我に返る
 
はあ。
起きたことは仕方ない、切り替えようと頭の中では分かるが心が続かない。
ミスを引きずったままオーディションに行くもあえなく惨敗。
再びコミュに戻ったがまた大失敗し、彼女のAランクへの道は閉ざされた。
 
 
これからのことを考えるため、ひとまず外へ出た。
外の風が思考を少しクリアにする。
俺は、初めてXbox360版のアイドルマスターをプレイしたときのことを思い出していた。
 
ちょうど同じ状況だった。
Bランクで、かつAランクにはどうあがいても到達できないファン数と残り活動期間。
あのときの俺は──そうだ、残りの活動を全てコミュに充てることに決めた。
元からコミュを見るためにプレイし始めたようなものだったのだ。
特にBランクからは明らかにアイドルとそのプロデューサーの関係以上のやりとりがほとんどだ。
どうせランクが上がらないなら構いやしない。
現実から目を背けて、彼女との幸せな時間だけを貪っていたい。
そうして俺は彼女を停滞させる道を選んだ。
 
今の俺に残された道はふたつ。
結果が見えていても最後までランクに食らいつくか、挑戦を避け彼女を傷つけないようにするか。
……俺は知っている。
彼女がこれからもアイドルを続けるのが約束されていることを。
ならば、菊地真の「これから」のために行動しなければならない。
一人でも多くのファンを。
少しでも仕事に繋がりそうなコミュを。
今の俺を突き動かすのは、義務感か使命感か。
どちらにせよ、選ぶべき道は決まっている。
やはり俺はオーディションに挑み続けなければならない。
気合いを入れ直して筐体に座り、最後の闘いに向け100円玉を投入した。
 
 
レッスンとコミュを済ませて思い出を確保し、オーディション選択画面へ。
ここでは5万ぐらいの全国オーディションに参加したい。
合格は2枠か、思い出を全部吐けばなんとかなるだろう。
そう考えて「LOVE LOVE LIVE!」に手を伸ばす──
 
押せなかった。
 
Aランクに上がれないことが確定した時点で、俺の心はとっくに折れていたことに気づいた。
ミスをすることで彼女のファンを減らすことが怖くてたまらない。
気落ちする真の姿を見るのが恐ろしい。
俺は歯を食いしばり、合格枠が3枠の「発掘!アイドル大辞典」に逃げてしまった。
ライブ会場に向かいながら、ここまで自分が弱かったのかとショックを受けた。
そんな自分を隠すため、「絶対勝てるぞ」なんて強い言葉で彼女を送り出す。
オーディション結果は完勝。
それでも、俺は最後まで2枠以下のオーディションを選択することが出来なかった。
 
 
頭から離れないコミュがある。
ライブ(大型ステージ)だ。
「プロデューサーならどんな女の子でもここに連れてこられるのかも」という真に対し、プロデューサーは言う。
夢が叶えられたのは、二人の間に深い──
「信頼」があったから。
これが正解択だ、間違えはしない。
それを受けて彼女は「一方通行じゃなかったんですね」と安堵する。
……違う、これは正解だから選んだだけだ。
本当は一方通行でしかないんだよ。
俺は最後の最後で真を信じることが出来なかった。
正確に言うなら、「俺がプロデュースする真」を信じることが。
 
俺は「彼女を傷つけてでも挑戦を」なんて抜かした。
しかし本当のところは、自分が傷つきたくなかっただけだ。
なんだ、コミュに逃げたあのときと何も変わらないではないか。
このやりとりの結果はノーマルコミュニケーション。
「今日は真が4番だ!」と鼓舞したらなぜかズレた会話が始まったせいだ。
最後までこんな風に二人はズレたまま終わりを迎えるのだろう。
 
 
ランクアップリミットの週の活動が終わり、社長からこの後も残るよう言われる。
真はその意味も知らずに、次の仕事はどんなのですか、ちょっと楽しみですね、そう期待を膨らませる。
もちろん、活動停止だ。
……ここから先のやり取りは、よく知っている。
翌週彼女にユニット解散を告げ、お別れコンサートの企画を立て、本番に向け心積もりをさせる。
そしてライブ直前の彼女の不安をはらい、ラストナンバーを応援し、飛び出した彼女を追いかけ、エンディング。
箱版で30回以上は繰り返してきた。
 
セッティングを進めよう。
会場はドーム。攻略法さえ知っていれば失敗させようがない。
衣装はDance服が良かったけれど、好みのものがない。
エージェント夜を往く」を歌うにはかわいらしすぎる気もするが、スノーストロベリーを選ぶ。
アクセサリーは自分のお気に入りのものを。
宝石のチョーカー、天使のアンクル、そして頭にはもちろん──
 
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三日月ヘアバンド。
 
お姫さまティアラなんてクソ食らえだ。
「最初のファン」の贈り物なんて捨てちまえ。
この真は、三日月ヘアバンドをつけて踊る姿が一番綺麗なんだ。
これは誰にも譲らない、俺のプロデュースだ。
 
 
何十回目になるか分からない、真の迷いを聞く。
「終わらせるための訓練。どうも、気乗りが……」
彼女は常に未来に開かれたことばかり考えてきたのだ、戸惑うのも当然である。
その答えが彼女のなかで出たのかは分からない。
開演直前まで自分のアイドル活動について悩んできたのだ、おそらく駄目だったのだろう。
 
俺は「終わらせるため」にプロデュースをしてきた。
彼女のアイドル活動に幕を閉じ、新しい世界へ送り出すため。
スタートが後ろ向きな俺がこの菊地真をプロデュースするのは皮肉である。
そんなことを考えていたら開演一時間前。
真は自分がアイドルをやることの意味はなんだったのかとプロデューサーに尋ねる。
 
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「行動で、なにかを変えることだ」
 
真のアイドル活動をプロデューサーはそう表現した。
彼女もその結論に納得している。
歌うことや踊ることを通じて、自分も周りも変化させようとしたのだと。
そうして肩の荷を下ろした真は、アイドル活動の終わりへと向かった。
今後の自分の自信につなげるため。
俺は、今更なにかを変えることが出来るのだろうか。
 
最後の仕事だ。
今までの思い出の数だけ彼女を応援し、ファンのボルテージを高める。
一定以上にまでゲージがたまれば、ライブは成功する。
だがこの応援は後半になってからでないと成功率が下がってしまう。
いつも通りはじめは俺は彼女のライブをただ眺めることにした。
 
しかし、どうもおかしいのだ。
ファンのボルテージはどんどん上がる。いや、上がりすぎている。
この調子だと、一度も応援することなくゲージは成功ラインを超えるかもしれない。
念のため一度ぐらい応援しておこうかと画面をタッチしかけ──やめた。
彼女は大丈夫だ。
ゲージの上昇の振れ幅から判断しているだけじゃない。
確信しているのだ。
真がラストライブで10万人のファンを沸かせることに、俺との思い出なんて必要ないと。
 
 
 
 
ゲーセンをあとにして駅へ向かう。
ぼんやりとSNSを眺めたりつまらないネットニュースを読んだりして電車内の時間を潰す。
行きつけのしみったれた居酒屋でひとりビールとつまみを無心で腹に入れる。
後ろの席からは学生だか社会人だか分からないグループの喧騒が聞こえてきた。
別に不快ではなかったし一人酒を気にするほどヤワでもないが、やけにそれが耳に残った。
 
店を出てふらふらと帰路に就く。
アパートの部屋の鍵を開け靴を脱ぎ捨て、ゆっくり回転椅子に身を預けた。
定まらない焦点のまま天井へと顔を向ける。終わったのだ。
 
カバンから2枚のカードを取り出す。
ユニットカードを眺めると、「活動終了」の文字がくっきりと写っていた。
行動で何かを変えること──彼女は見事、ひとりであのステージに立つ力を手に入れたのだ。
一方で俺はどうだろう。
結局、あの頃から何も変わってなかったではないか。
強いて変化を挙げるなら、ときどき煙草を吸うようになったぐらいだ。
コートのポケットに手を突っ込めば、訳も分からず買った赤マルがお出ましだ。
ガサゴソと箱から一本取り出し、両手を使って指に挟んでから、パクリとくわえてライターのボタンを何度も押し込む。
ストローのように息を吸えば、やっと煙草の先から赤い色が見えた。
煙草を入れているコートのポケットの底に葉が溜まっていたことを思い出す。
先端がボロボロになっていたらしい。
そうか、詰めるのを忘れていた。
どこまでも野暮ったい所作である。
 
「煙草を吸っている」という実感が欲しいだけなので、普段はもっぱらふかしてばかりだ。
立ち上る白い煙を眺めながらぼんやりする時間も悪くはない。
だが今は、なるべく冴えない頭を作りたかった。
肺に緩やかな毒を流しこんで、脳を鈍らせたいのだ。
あれこれ物事を考えたくない気分だった。
分からないままにしておきたかった。
 
口から煙を吸いだし、ゴクリと飲み込む。
喉に汚れが染み付くような感覚が走る。
つい、むせてしまった。
思考はたいして変わらぬまま、いがらっぽさだけが残る。
どうも正しい吸い方が分からない。
これでいいのだろうか。
喫煙しているときはいつも何かを自問自答している気がする。
 
 
「煙草を吸ってるときだけ大人になれている気がする」
大学4年の終わり頃、友人宅のベランダで煙を吐きながら俺はそう呟いた。
それを横で聞いている友人は「分かるよ」「……すげー分かる」と頷いた。
モラトリアムから追い出されるのもあと僅かだっていうのに、あの頃の俺らは不良ぶった高校生みたいなメンタルのままだった。
そんなアイツも煙草をやめた。
「吸い始めてから頭の働きが悪くなった」という。
そして「これじゃあ会社でやっていけない」のだそうだ。
大人になるには鈍感になればいいと思っていたが、どうにも違うらしい。
とりあえず親知らずを抜いてみたけど、そういうことでもないらしい。
俺だけが取り残されている。みんなちゃんと大人になれていく。
 
 
ライターと灰皿代わりの空き缶を見て、ふとつまらない「行動」を思いついた。
煙草を咥えながら俺はあの二枚のカードを取り出す。
両方をしばらく眺め少しだけ考えたが、プロデューサーカードだけをつまみあげた。
そしてライターをカチリと鳴らして、カードの端をゆっくりと火柱に近づける。
炎が灯った。
しかしその火は酷く頼りなく、安定するにはライターの支えが何度も必要だった。
それは俺の不格好な煙草の吸い方によく似ていた。
カードは黒く硬質な灰になりながら身を縮めていく。
指先にまで熱が近づいてきたのを感じ、空き缶に残りの部分をねじ込んだ。
缶の底は、ただ黒いカスが散らばっていることしか分からなくなっていた。
これでいい。
俺はあの肩書をガキっぽい意地と一緒に捨てるのだ。
こんなことで何かが変わるとも思えないけれど。
 
 
手元には菊地真のユニットカードだけが残っている。
 
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彼女とはプロデューサーカードの仮面を通して繋がってきた。
それを失った今、彼女の声を聞くことは二度と出来ない。
でも彼女はここにいる。
「俺のプロデュースによる」彼女の道は無事終着点にたどり着けた。
死んだのは、しゃけぞうPだけ。
 
疑似恋愛感情に脳を侵されていたとき、「現実なんて自分の脳が判断することなのだから、虚構と現実の区別なんて存在しない」と考えていた。
しかし、違うのだ。
彼女の虚像を自分の心に映し出しても、それは俺に都合のいい解釈でしかないのだろう。
公式だの考察だの、どんなに客観性を出そうとしても無駄な足掻きだ。
ただ俺は、答え合わせがしたかった。
その作り上げた虚像が本当の彼女の姿にどれだけ近づけたのか。
……君と3択によらない会話がしたかった。
フィクションに自分の価値を証明させるのは、もうやめだ。
 
 
ラストライブ後の夜、彼女は「これからもアイドルを続ける代わりに、これからももずっと自分のプロデュースをして」と俺に願った。
この展開は、アイマスにおけるベストエンドだった。
箱版ではBランクとASランクは別だったのだが、アケでは一緒らしい。
あの言葉は俺にとって呪詛であった。
彼女は自立なんてしておらず、プロデューサーへの依存を表明したかに思えるのだ。
俺は一度この結末に絶望したが、理論武装によって彼女の成長を見出し克服した。
いまプロデュースを終えて、感情だけでこの結末に向き合っている。
 
答えは、お別れコンサートで彼女が受けたあの声援にあった。
ファンのボルテージは、彼女のパフォーマンスは、俺の思い出なんてひとつもなくても最大限にまで発揮された。
やはり彼女は俺がいなくても誰より輝ける存在なのだ。
そしてこれからも、きっと。
 
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彼女と最後の約束をした男は既に俺が殺した。
3択の交流しか出来ない俺とよりも、ずっとかけがえのない未来が待っている。
たとえ虚構世界の存在でも、俺は彼女のために何かしてやりたかった。
それが叶ったのか、彼女自身の力だけで足りたのか──考えるのはよそう。
少なくともいま、彼女は一人で歩いて行ける。
これはとても幸せなことだ。
ユニットカードを、そっと引き出しの奥へ閉まう。
 
行動で何かを変える。今度は俺自身の番なんだ。
そうだろう、真。
さようなら、真。
 
 
もうひとくち息を吸い込む。
目尻に涙が浮かんだのは、やり慣れない咥え煙草の煙が目にしみたから。
本当に、それだけだよ。