ムチツジョチツジョ

思考は無秩序 言葉は秩序 趣味と股間は無節操

ストレンジャー・イン・コミケット


秋葉原をぶらついてみたが、やることがまるでない。



主張の激しい同人ショップや馬鹿でかいゲーセンや得体の知れないパーツショップに囲まれる。
そりゃあ「あからさま」な人もいるが、行き交う人々はむしろ外国人の方が目立つ。
俺はどこか寄る辺なさに身を苛まれ、あてもなくひとり歩き続ける。
昔はモニタの向こう側の世界でしかなくて、憧れとも嫉妬ともつかない感情を抱いていた土地なのに、いざ来てみると皮肉なものである。
理由がないまま、ここに来た。


俺はオタクだった。
今もオタクと呼ばれる存在かもしれない。
だが、前とは確実に別のオタクだ。


「オタク」というのは単なるアニメ趣味ではなく、考え方や生き方の問題である。
「あるもの」に対してのみ興味関心愛情を向け、それ以外のものを犠牲にするような人間を指す。
世間とも上手く付き合える人間はマニアと呼ぶそうだ。
では、その「あるもの」がスッポリと抜け落ちたときに「オタク」はどうなる?
偏執的な性質を抱えながらそれを何にも向けられない――
要するに、ただの生きづらい人間。それが今の俺だ。
ケバブをかじりながらそんな風に物思いに耽っていたのが、去年の秋頃だったか。

「オタクの聖地」でのこの記憶は今もまざまざと残っているのだから、ましてあの「オタクの祭典」で今の俺がどんな気持ちになるかなんて、分かりきっている。
この先ずっと縁のない存在になってしまったのだろう。
しかし、俺が最も愛するゲーム『OneShot』の同人誌やアレンジCDが出るという情報をうっかり手に入れてしまった。
……欲しい。
たとえまた孤独を実感する結果になっても。
それに、「いつかやっておかなければならないこと」をするのにも丁度いいタイミングだ。




そうだ、



コミケに行こう。


2018年8月12日。
コミックマーケット94、3日目。
見渡す限り、人、人、人。


否。


見渡す限り、オタク、オタク、オタク。


大学時代、コミケに物見遊山で行った先輩が「自分もろともで構わないからここ一帯を戦闘機で爆撃した方が世の中のためになる」と言っていた理由が分かる気がした。

しかし俺は驚かない。
実はその前日(2日目)に既に初コミケ童貞は済ませてきたからだ。

本当は特に買うものもないのに往復4桁円に届きそうな交通費なんて払いたくなかったのだが、金曜日の酒の集まりで友人に「一度行ってみたいんだけど一人じゃ怖いから」と言われ嫌々(本っ当に嫌々)付き合うことにした。
本人は3日目を希望していたが「俺は大きい声で言えないもの買うから無理」と断固拒絶。
君は大人しくポケモンブースでも見ててくれ……あーいや、ポケモンポケモンで業が深いわ……

正直2日目は俺も買うものないし友人も腐でもオタでもないしで、人に流されながらビッグサイトをぐるりと回って終了。
前日の酒の影響で眠りが浅く3時間しか寝てないのに狂気の気温に晒され死にそうだったため、短時間で済んで助かった。
友人は「面白かったねー」と言っていたが、俺は正直に「……そうか?」と漏らす。
レイヤーに興味ないし連れがいるのにアニメ漫画評論の品定めする気力もないしで、本当に何も残らないまま終わった。
まあ、企業ブースだけやたら涼しかったのは何らかの意図を感じて面白かった気がしないでもない。
土地勘をつけに来たとでも考えておこう。

余談だが、わざわざお台場まで来たのにそのまま帰るのは交通費が勿体ないし前から興味があったので日本科学未来館にも行って常設展とデザインあ展を見てきた。
前者は正直微妙だったが、後者はそこそこ楽しかった。
うん、そこそこかな。


話が長くなったが、とにかく、これでコミケは2回目である。その人混みや空気感に怖気づくことはない。
というか、1回目のときも「ま、こんなもんだろ」という感覚が強かった。
俺はオタク慣れしているからな。

ゆったりとした気持ちで辺りを見回してみよう。
コスプレするオタク、早口でネット用語(悲しいことに9割以上意味を理解できる)をまくしたてるオタク、馬鹿でかいカメラを胸元に抱えるオタク、前をフラフラ歩いてて動きの次の一手が読めないオタク、オタク、オタク、オタク、オタク、オタク。
どこもかしこもオタクのなかに放り込まれる俺。
しかしこちらも負けてはいない。
全身ユニクロの出で立ちにクソほど度の入った眼鏡、ジェルで無理に誤魔化したが伸び放題の髪……
どこに出しても恥ずかしくないオタクルック。
誇ってもいいぐらいだ。
いや誇れる訳ねーだろボケ。


サークルブースの番号の見方や場所の下見は済んでいるから、さっさと買い物を終わらせて帰ろう。
悲しいことに、ニート時代とは違って明日があるのだ。
目当てのOneShotの合同誌(全年齢だけど屈折した愛情の込もったアレなもの)『神様、ダメ!』とイラスト本・アレンジCD『こむにこ!』を売っているブースにさっそく辿り着く。
……が、先客が立ち話をしていて微妙に買いづらい。
チキンだから時間をおいてから再突撃、無事ゲット。
昼過ぎに行ったため、数量限定のアクリルキーホルダーは貰えなかった。残念。
だがこれで目標のほとんどは達成した。
気分が良くなってサークルの方に「いやーこの本のために初めてコミケ参加したんすよwwwww」とか話しかけちゃう。
……委託先で制作関係ない人だったかもしれない。深く考えないようにしよう。


さて次は評論島でも散策……の前に、本当にOneShotの同人が他にないのかもう一度必死にTwitter検索をかけたら、なんと2サークル見つけた。
小躍りした。

ひとつは残念ながら既に完売していたが、semippoi様の『dazzling world.』はまだあった。
ニッコニコで購入しようと100円玉をジャラジャラ渡したが、間違えて1枚50円玉を忍び込ませていた。捕まれ詐欺師。
中身はフルカラーで絵本のような温かい味わいで、なによりニコがとても愛らしく愛おしく描かれていて、自分の初プレイを思い出してちょっと泣いた。


次は評論島を巡ろうとしたところで足が痛み出した。
昨日も運動不足のなかそこそこ歩いたのが効いてきたか。
さっと自分の興味に合いそうなものだけ探して帰ろうとしたが途中のブースで「戦後日本のエンターテイメントを全てまとめあげた」的な売り文句の本を見つけ、反射的に購入。
1000円はたけえな、と思いながら手に取ったらやたら厚いしなんか馬鹿でかい見取り図まで渡されたし「これで同人誌1000円は安い」みたいなことを他の人に力説してる理由もよく分かる。
つーか後で調べたらちょくちょくはてブで見る書評書いてる人だった。
後でじっくり読もう。


……さて、財布を覗くと650円しかない。
やっぱりもう少し下ろしておけばよかっただろうか。
いや、だがあれ以上買うものはなかった気がする。
たしかに評論島の酒やコーヒー、それと仕事に関わりそうなものはちょっと欲しかったが、ものすごく惜しいというほどでもない。
人には言えないタイプのものは……やっぱ実物を手元に置いていると何らかの事故が起こりそうだし今後もDLsite頼みだろう。
ということで、OneShot同人と物語評論。
俺がコミケで探していたのは全部買った。
あとは500円玉が一枚あればいい。


いよいよ最後だ。
スマホのメモを頼りに目的の場所に向かう。
……足取りが重い。
3回ぐらいブースの前を往復し、やっぱやめとこうかとも逡巡し、でも結局肚をくくって、
「……新刊ください」と声をかける。

最後に残った残った硬貨を渡して、同人誌を受け取って、
「……あの、——さんですか?」
と声をかける。
よかった、本人だった。

何を言おうかは前日からずっと考えていた。
自分がTwitterでお世話になっている者であること、感謝の念、今後も創作活動を応援しているということ。
それ以上は言えたもんじゃない。
一方的にまくし立て、そのままそそくさと立ち去ろうとしたが、やっぱり言われてしまったのである。


「あのー、名乗らなくていいんですか?」


ここからは俺のクソみたいなマインドの話で恐縮なのだが、もし「名前を教えてください」と言われていたら、ためらいながらも答えていたかもしれない。
しかし、彼が言ったのは「名乗らなくていいんですか?」である。
向こうが知っている(と勝手に信じたい)であろう俺の名前を言うか言わないかは、俺のエゴに任されたのである。


そして、
そうなると、
俺のことだから、


「……そのコンテンツ、辞めた身ですので」


なんて余計なことを言ってしまうのである。
困惑する相手に対し不細工な苦笑いを浮かべつつ、俺はその場から消えた。




手提げ袋をぶらぶら、ビッグサイトを背に歩きながら考える。
なぜあそこで素直に「自分は○○です」と言えなかったのだろうか?


コミケは、好きなものがある人がそれを共有するための場所。
本来なら自分はここにいてはいけない、黙って消えるべき人間のはずだから、なるべく自分の存在を主張したくなかった……
なんて言い訳を自分にしようとしたが、断じて違う。
そんな自己犠牲やら謙遜やらといった崇高な精神によるものではない。
今なら分かる。


俺は逃げたのだ。
続く会話が、あの場所が怖くて。


なぜ俺はここに来たんだ? コンテンツから去った人間がわざわざそのコンテンツの同人誌を買うのは許されるのか? もはや好きでもないなら侮辱でしかないのでは? 違うんだ、ただ俺が覚悟を決め切れなかったことを続ける人をどんな形であれ応援したかっただけだし、直接その言葉を伝えたかっただけだ、でもやはりそれはエゴでしかないんだろう、ああクソッタレ。

またやってしまったという後悔半分、
やっぱ俺のことだしという諦観半分。


ここは、オタクの祭典コミックマーケット
日陰者たちが生き生きとして歩く姿も、
同好の士と熱く語り合う探究者たちも、
迷子が見つかったときの暖かい拍手も、
決して嫌いではないのだ。
ただ、今の俺には息苦しいだけで。




うだるような暑さから逃れアパートに帰ると、エアコンを入れて布団に倒れこむ。
そのままの体勢でカバンからいわゆる「戦利品」のひとつを取り出し、パラパラとページをめくってゆく。

その一冊から紡ぎ出されていたのはどれも、ほんの少しの陰りを見せながらも、登場人物たちはそれを吹き飛ばし自身の行く末をしっかりと見据え――未来に開かれている物語だった。
……ほら、やっぱりいい作品じゃないか。


やはり俺は、創作をする人が好きだ。
人間の頭の中の「発想」というやつは複雑怪奇である。
それを他者に理解できるよう出力することがどんなに困難かは多少なりとも理解している。
そして、その困難さを乗り越えてでも表現したい何かを持つ人間には、最大限の敬意を払っている。

しかし俺自身は何にもなれない。
俺も創作をすればいいのか? ……いや、そのための熱意も向ける対象も見当たらない。
オタク文化を根城にしてきたが、その内向的な空気を貪るために住みついていたのかもしれない。
思えば単なるネット中毒だった最初から、俺の「オタク」としての生き方は空虚だ。
だが寂しいと思ったことさえなかったため、がらんどうでも構わなかった。


一度だけ、満たされたときがあった。
初めてのライブで、隣の人にサイリウムを貸したのがきっかけで3人でアフターに行ったことがある。
ありきたりな出来事でしかないのだろうが、生まれて初めて本気で好きになったものを生まれて初めて誰かと共有できたのだ。
少しの誇張もなく、自分はここにいていいんだ、「生きていてよかった」、そう思えた夜だった。

その後もTwitterで交流を続けていたが、コンテンツを去るとき俺はアカウントを消した。
今はおめおめとインターネットに戻ってきた訳だが、彼らに再び連絡を取ることは出来ない。
自分があのコンテンツを好きなままでなければ、彼らと友人でいられないのか?
そんなはずはないだろう、事実たわいもない話ばかり楽しんでいた。
それでも「あの話が出来ない自分に価値はあるのか? 相手に求められているのか?」という呪いが今も俺を蝕む。
結局、俺自身が辛いだけなのだ。
だからときどき二人のアカウントを見て、更新があることに胸をなでおろして、そっと検索履歴を削除する。
自分にはあの夜があった。もうそれ以上は望まない。
俺は戻らないし、戻れないし、戻るべきではない。
戻りたいかどうかは――ノーコメント。



どんな気分だ?
孤独のなかで、心まで冷え切っているのは。



今も漫然とTwitterを続けている。
大抵はくだらない内容だが、何を間違えたのか俺をフォローする人もいる。
フォローされれば機械的に返す。
だが大半は一週間も経たずにミュートしてしまう。
初めからフォローしなければいいだけなのだが、どうしても他者に「あなたの発言に興味ありません」と言うことが出来ない小心者なのだ。
自由になるためアカウントを作り直したのに、誰にも嫌われたくないという感情が足を引っ張る。
いや、誰にも嫌われたくないために自由になったような記憶もある。

とにかく、自分の性根が、感情が邪魔だ。
思考だけがモニタに漂う電子生命体になれたなら、感情なんてドブに捨ててしまえたなら。
――ああそうか、だからあの人と直接会って名乗るのが怖かったのかもしれない。
2018年にもなって、俺は画面の向こうに本当に生身の人間がいることを信じることが出来なかったらしい。
インターネットでの俺は、現実よりもずっと人見知りだ。
……おっと。インターネットも現実なのだった。


自分が全てを捧げるようなものがない限り、そしてそれが誰かに認められない限り、俺はずっと孤独を抱えていくのだ。
もしかすると、そんなものにはもう一生出会うことが出来ないかもしれない。
ならば、俺は認める側に回ろう。
良いものは良いと書き続けよう。
俺がオタク文化に出来ることなんて、それぐらいだから。


俺はただ、なにか素晴らしいものを追いかけ続けていたいんだ。
それさえ叶うのなら、自分の存在など塵芥であろうと構わない。
俺はただ、なにか素晴らしいものを表現する人、表現しようとする人を肯定して生きたいんだ。
それさえ叶うのなら、自分の孤独と悲哀に酔って理想に溺れ死のうと構わない。


俺には帰るところがない。
ときどき、潰れそうになる。
でもこの寂寥感を失うと、きっと俺は二度と立ち上がらなくなってしまう。
安息の地なんてのが見つかってしまったなら、他人の表現なんて目に映さない。
誰よりも知っている、俺はそういう人間なんだ。
だからこの気持ちはひっそりと、アルコールで埋めてしまおう。
決して満たされてしまうことのないように。





戻る故郷のない俺は永遠に、オタク文化を異邦人として彷徨い歩こう。








Michael Jackson - Stranger In Moscow (Official Video)













それでは次回の記事
「『OneShot 』が超越した第五の壁——「虚構」と心を通わせて——」(仮題)
でお会いしましょう、さようなら。








あ、同時公開予定
「OneShotの○○の境遇が死ぬほど抜けるのは明らかなのになんで誰もエロ同人出さないの?いや本当にお願いします5000円でも買うから」
もよろしく。切実に。